2011年9月9日金曜日

「死の町」 福島第一原発 ふるさとと生活を奪われた人達



一刻も早く原発の遮蔽と除染作業を進め、ふるさとに戻れる作業を進めること。チェルノブイリ事故の経験を参考に、20年〜30年戻れない地域を科学的に特定し、希望的観測や楽観主義ではない現実を明らかにすること。それが政治の責任だ。
今、いろいろ策略を巡らしている人々は20年後、30年後にはリタイアして責任取ることもないだろう。だから、『今の利益』確保と『その場しのぎ』に終始している気がする。原発の恩恵を享受してきた僕たち世代には、未来を生きる「子ども達や若者」に対する責任がある。そのことを絶対に忘れてはならないと思う。放射性物質の中間管理施設や最終処分場の問題について、現実的で将来に渡って責任のとれる計画を早急に立て、地域住民の理解を得るべきだと思う。
 
 核実験のために強制移住させられたマーシャル諸島の住民は、除染終了後33年経ってやっとふるさとに戻った。またビキニ環礁。(1954年3月に水爆「ブラボー」実験が行われ、爆心から約160キロの海上にいた日本のマグロ漁船、第五福竜丸の乗組員が被ばくしたことで知られる。)ビキニの人々は1946年に別の島に強制退去させられていた。、1968年、米国はビキニ環礁一帯に「安全宣言」を出し、住民の一部は帰島したが1978年に、島民が常食するココナッツから高レベルのストロンチウムとプルトニウムが検出されたため、宣言は撤回され再び環礁は封鎖された。
 ※一部には、安全宣言は「人体実験」のためだったとの説もある。


 確実なのは、10年〜20年では戻ることのできない地域があるということだ。その地域を「死の町」と表現した経産大臣の発言の揚げ足を取って、政争のネタにする野党、それをあおるマスコミ。なぜ、事故を過小に表現し、楽観的予想を振りまくのか?現実を直視すべきだし、「死の町」を創ってしまった原因こそ真剣に議論されるべきだろう。現実を直視することが希望を砕くことになるのか!大臣の発言は重いから「現実を表現しない方が良いのか?」最悪の事態を冷静に、科学的に、語ることこそ大臣の役目ではないのかと思う。
 
 


 


 

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